2015年秋、来日したロナン・ブルレック氏本人によるプレゼンとともに Officina 誕生に至る経緯の話をうかがいながら、素材となった錬鉄の魅力をはじめ、 インスピレーションから最終のプロダクトへとつながる思考の流れとその根幹にあるデザインの考え方について探りました。 また、今最も世界が注目するロナン&エルワン・ブルレックの現在の活動についても語ってくれました。
Moderator : 土田貴宏 Takahiro Tsuchida
Guest designer : Ronan Bouroullec
Designer for the exhibition site : 藤城成貴 Shigeki Fujishiro
土田(以下T) : 今回マジスジャパンで展示をしているMaterial&Inspiration 展で中心となるのは、ブルレックの新作のOfficinaになります。
Officina は、テーブルのシリーズとして発表され、形が何種類かあるのですが、その大きな特徴は鍛造という手法でできているフレームの部分です。素材としては鉄ですが、ハンマーで叩いて成型する、そういった昔ながらの手法を使っているというのが、このテーブルの特徴となっています。
早速質問をしたいと思うのですが、この鍛造という手法を使うという提案はメーカーのMAGISの方からだったと聞いています。最初にこの話を聞いたとき、どういう風に感じたか教えてください。
ロナン(以下R) :マジスとは12年ぐらいの付き合いになるのですが、だいたい新しい技術・作り方をプロジェクトとして提案いただいています。何か新しいものを始めようとすると、必ずユージニオ・ペラッツァ(マジスCEO)に車に乗せられて、どこかに連れて行かれるんです。そこで降ろされると何かが始まるというのがいつもの形になっています。
マジス本社はベニスの近くにあり、その辺りには様々な工場があります。たとえば鉄をプレスしたり曲げたり、あるいは吹きガラスなど、非常にローテクと言われるが高い技術を持った工場もたくさんあります。
Officina についても同様にスタートして、ある日車に乗せられてある会社の前に着いたんですが、その会社は創業100年ぐらいの古い歴史を持った会社でした。そもそもフェンスやドア門戸を製造している工場だったわけです。
ヨーロッパでは古い技術について人々が目を向けなくなっています。気にも留めなくなっています。また、そういった業界にいる職人の皆さんは、生計を立てていくのが難しいわけです。低迷している古い技術をもつ業界を、なんとか復活させていこうということも、非常に大きな課題の一つでした。
T:最初からテーブルをデザインするというのは、その時点で決まっていたのでしょうか。
R:当初からテーブルを作るというイメージは全く頭になく、マジスと工場と技術を見ながらここから自分で何ができるのだろうということをイメージしていきました。メイド イン イタリーであることを打ち出しながら、何ができるのだろうと考えていきました。
T:どういったプロセスを経て、テーブルを作るということが決まっていったのでしょう。
R:最初から頭にあったのは、今回これをコレクションにしていきたい、決して1個単体を作り上げたらそれで終わるものではなく、増やしていきたいということが頭にありました。ですので、一つのアイテム・機能としての位置づけではなく、技術として何かここから作り上げていきたいと考えました。
T:鍛造を使って作られたものというのは、先ほどのお話にあったように、昔ながらの扉だったり柵だったりということですが、そういった鍛造製品の中でロナンさんが特に好きだったもの、心惹かれたものがあれば教えてください。
R:当初は全くテーブルというような頭はなく、この技術を見たときに、鉄の先を一回打つと打った箇所が四角くなり、きらきらと光を放つんです。その現象をうまく活用していくことはできないだろうか、ということをまず考えました。またインスピレーションは、ローマの門扉などから得ました。
T:インスピレーションとなった門扉などは、工房で実際に目にしたということですか?
R:そうではなく、妻がローマに1年間滞在していたときに、私も当時よくローマに行きました。その頃の思い出から、イメージが頭に浮かんだんです。
T:ローマのイメージをもう少し詳しく教えていただけますか。
R:今回のプレジェクトで一番の課題になったのは、重さでした。
材料を最低限で何が作れるだろうと考えざるを得ない。でなければ重いものができ上がってしまうので、重さについては十分気をつけていこうということで、関係者皆で当初から共有していました。
T:そうするとあまり重くならないように、たとえば構造などを工夫したということですか?
R:これほど一つの案件を開発していくために疲れたなと思ったのも初めてのプロジェクトになったのですが、短時間で何度もテストし、またデザインも繰り返し繰り返し引くことになりました。
T:工場は昔ながらの雰囲気でしたか、または新しい技術を取り入れた工場だったのでしょうか。
R:伝統的な工法のみを使っていた工房だったので、我々デザイナーとのやり取りの中でも言葉のニュアンスが違うんですね。彼らにその言葉の意図をわかってもらったり、共有するまでに時間がかかりました。
日本のデザイナーの皆さんも非常に言葉では苦労されていると思うわけですが、量産的に作っていかなければならず、かつ新しい技術を使う状況という中、言語の問題をクリアしながら取り組む試みは新たな挑戦になったなと思います。
T:工場にとっては、現代のデザイナーと組んで仕事をするのは初めてだったのですね。
T:この完成形のテーブルを見ると、フレームは確かに昔ながらの鍛造で作られていますが、天板は円だったり四角形だったり、モダンな形をしていると思います。その対比にはどういった意図があるのでしょう。
R:この新しいデザイン、感覚とのコントラストがとてもおもしろいのではないかなと思いました。非常に長いスティールのテーブルトップもあるのですが、古い技術をうまく新しいものと組み合わせていくのがおもしろいのではないかと思ったんです。
T:藤城さんからOfficina について、何か質問はありますか?
藤城(以下F):(伝統的な鍛造した鉄の)イメージを見ると職人の腕を試されるような難しい製法のものばかりがたくさん見受けられますが、Officina のようにシンプルなデザインを見せたときに、職人の方からもっと手を加えたいというようなやり取りはあったのでしょうか。
R:それはなかったですね。職人さんも2つに別れると思います。自分たちをデザイナーやアーティストだと思うタイプの職人さんもいますが、今回ご一緒させてもらった皆さんは、自分たちのことを技術力の高いワーカーだと認識している方々でした。彼らは我々のようなデザイナーに対して技能を提供していきたいという気持ちを持っていらっしゃる方々でしたので、全くそういうことはなかったです。
ただ当初は、あのデザインを見せたときに物足りないと思われたのは、事実であると思います。出来上がりを見ていただいたときには、多くの方に喜んでいただけます。
T:(伝統的な工法には)装飾的な要素に有機的な曲線が見られますが、そういった要素を取り入れようと考えたことはなかったのですか?
R: 非常に良い質問ですね。どのように答えればよいのか・・
確かにおっしゃるとおり、素晴らしい曲線であるとか、細かな葉っぱのようなモチーフを作る技術があるのは認識していましたし、そこのあたりは非常に難しい課題でした。
二つの局面があったと思うのですが、彼らの技術力を使わせてもらうという頭もありました。ただ今回は、ダイレクトなもの、コストの面も考えなければなりませんでしたので、コストを抑えながら、技術をダイレクトな形で、そして品質、洗練性をいうものをすぐに見ていただけるようなものが作れないか、ということでした。
最終的には、クリーンかつダイレクトでプリミティブなものを作っていきたいなという方向で、このデザインになったと思います。
T:最終的には、完成度の高いものが出来上がりましたが、今回マジスにとっても冒険的なプロジェクトだったと思います。なぜブルレックスタジオに鍛造を使ったプロジェクトを提案したと思いますか。
R:マジスは、非常にロマンティックな会社だと思います。
前世紀の末から今世紀の頭にかけて、非常にアイコン的な商品を発表してきています。ただ、それほどきちんと組織化されている会社ではないというところも一方であります。何か新しい物を我々と一緒に作りたい、発明していきたいという想いがあって、このようなアプローチになったと思います。
通常我々に仕事を依頼してくる会社は、ちゃんと組織化されていて、どの市場に対して何を出したい、この理由で、というのを明確に打ち出してきます。マジスはそういうアプローチはなく、何か違うことをやりたいという形で話をもっていますので、私はそういうところと仕事をするのはとても楽しく思っています。
T:このコレクションはどのようなシチュエーションで使われるか、イメージしながらデザインされているのでしょうか。
R :もちろんプロジェクトを進めるにあたって、シチュエーションをイメージしていくのですが、広く頭を使って考えています。日本、イタリア、フランス等、文化も違えば部屋の広さも違うので、そういった環境の中で、どのように使われるのかイメージしながら作っています。
T:鍛造のフレームというのは、見方によっては歴史的要素ということが言えると思います。こういった空間、現代的に作られた中で、昔ながらの作られ方をしたパーツがここにあるというのは、時代を超えたコントラストを意図しているというところはあるのでしょうか。
R : コントラストという考え方はとても好きなのですが、工業デザインの分野はとても可能性が限られている、そういうところに積極的に参加していき、そのドアを広げていかなければなりません。
伝統的なマテリアルを新しいところに持ち込んでいく、そこから豊かな製品を作り上げていければいいなと思っています。
R :また価格設定といった面も、工業プロセスの課題になってきます。
大量生産したほうがもちろん安いわけですが、日本、フランス、アメリカ、においてもその点は考え直していく必要があると思います。伝統的な技術が価格によって閉じられてしまうのは、とても悲しいことです。
プロジェクトとしてこれだけのことが背景でなされているのだと皆さんにご理解いただく、こうした活動をしていかなければならないなと思っています。こういった作業がなされている製品を使っていただけるというのは、ファッションの為というのもあると思うのですが、そういう理由をわかっていただけるように今後なってほしいなと思います。
T:素材にインスパイアされたデザインということが言えると思いますが、素材からインスパイアされてデザインするということは、これまでにもありましたでしょうか。
R : マテリアルからインスピレーションをもらうプロジェクトももちろんありますし、企業からこういった機能がないからここを補完できるようなものを作って欲しい、というところからインスピレーションを得ることもあります。
F:僕から見たOfficina に対する意見というか、先ほどの質問と似ているかもしれないですが、この脚にすごく古い木のテーブルをつけてしまうと、バランスが古いスタンスになってしまうと思うのですが。
R:天板が木のバージョンもあるんですよ。(笑)
F:逆に装飾的な脚で、さらに天板も木にしてしまうと、実現したかったバランスでなくなってしまいますよね。このスタイルだからこそ新鮮な感じがします。
R:バランスと言っていただいたのでお話したいのですが、バランスを維持するのはとても難しいです。特に伝統的な工法を使っていくとなると、過去にあったものと競合しないようにするのが、非常に大きな課題になってくるわけです。
安易に組み合わせてしまうと、デジャブのように同じもののイメージになってしまいますので、何千年もあった技術を用いながら、新しいものを吹き込んでいく、完成品に作り上げていくというのは、非常に大きなチャレンジでしたし、新しいものが古い伝統を使いながら出来上がってくると本当に嬉しいです。
F:Officina の一番面白いポイントですね。
R:日本の皆様はこういったものを評価するだけの美術に対する受け入れる力を持っていらっしゃると思います。こうして喜んでいただけるというのはなんとなくわかっていましたが、ヨーロッパの人たちがそこまで評価をしてくれるのかは、まだわかりません。(笑)
T:展示会場であるマジスジャパンのショールームを観た感想を教えていただけますか。
R:このような展示会をすると、私は必ず文句を言うのですが、黙って出て行くことがまずなく、やり直しをさせることも多々あるのですが、2分後には黙って帰れるぐらい、小さいものを少し動かしただけで、ほぼ完璧に出来上がっていましたので、マジスジャパンと関係者の皆さんの素晴らしい仕事に感謝します。
F:はじめにOfficina の脚を見たときに、昔の技術でできたというのが印象的だったので、ギャラリーというような見せ方を、博物館的な感じで見せるとドキッとするんじゃないかというのがありました。
この写真はシカゴ自然史博物館ではないかと思うのですが、暗い部屋のなかに明るい空間が広がっています。このように博物館のようなスタイルで見せられたらいいかなというのが始まりでした。
R:すばらしく成功されましたね。
F:ありがとうございます。こういった古い作りのイメージです。
R:ジェットラグの少し疲れていた時に展示を観たせいか、外からピンクの壁紙の前にOfficina が展示されているのを見て、物を申さなければならないだろうと思ったんです。(笑)
しかし、中に入って外観にピンクを選んだ理由がわかりました。なぜ塗装仕上げにしなかったのですか。
F:古いスタイルと現代的なものを対比させられれば、というのが考えでした。
僕が壁紙サンプルをもらったときに、選択肢は少なかったのですが、そのうちのいいものを選びました。なぜ塗らなかったのかというと、壁紙の方がコスト的にもいいかと・・(笑)
R: 予算の少ないなか良いものを作っていただいたと思います。予算がないからボランティアで仕事をされたんですか?(笑)
F:今から交渉です・・(笑)
F : こういった空間の仕事を頂いたときには、いつも模型をつくっているのですが、1/30だと模型の中にアイフォンを入れて写真を撮ることができて、実際の仕上がりをイメージし易くなります。
R:拝見しました。とてもきれいな出来上がりでした。でもこの模型に使われているのは壁紙じゃないですよね?
F:実は全く同じ壁紙を使っています。マジスジャパンのスタッフの方とも、いかにビジュアル的に共有できるかというのが大事だと思っていましたので、毎回模型を作って写真を撮っています。
T:出来上がりのどこが特によかったでしょうか。
R:色に関してちょっと変だなと思ったのですが、非常にうまくマッチしていましたし、私が考えていたこととは全く反対の、素晴らしい出来になっていたと思います。電気ショックを感じたような(笑)。予算の関係で自分が目指していた色にはなっていないのかもしれませんが、モックアップも拝見して、本当に素晴らしいものができているなと思っています。
洗練された光の使い方をされたのも特徴的だと思いましたし、美しいと感じました。1本の長い電灯をとても美しく鉄の部分に当てていただいて、きれいな輝きになっていました。
F:すごくほっとしました。よかったです。
T:藤城さんからいくつか質問をお願いします。
F:ロナン・ブルレックさんは非常に好きなデザイナーの一人なのですが、ドローイングとサンプルを作るというところに非常に興味がありまして、「DRAWING」 という本を持っているのですが、ドローイングはどのタイミングで描いているのか、特に興味があります。
たとえばオファーが来たときに描いているのか、毎朝全く考えていないときに描いているのか。
R :図面を描くときは、2つの全く違うことが起きるのですが、一つはスケッチ、これはプロジェクトにリンクしているケースになります。もうひとつドローイングは、全くリンクしていないものを描くときもあります。
こうしたものはスケッチではなく、仕事とは関連性のないものを描いているのですが、図面を作成していくということはフラストレーションの溜まる作業で、非常に長く、時につまらない作業になってしまいます。こうしたドローイングをすることで、人と話さなくても良い自分一人の集中できる時間を作ることができます。こうした仕事から離れるひとときであるドローイングの位置付けは、おばあちゃんが編み物をするような感じに近いです。
こうしたドローイングをしているときは一人になれますので、人と話をしなくてもいい、特に弟と話をしなくてもいい。(笑)
価格、テーブルの厚みであるとか、どうやって売っていくか、今度の展示会はどこだ、というケンカのもとになることを話さなくてもよい。一人になれるとても大切な時間なんです。
Officina のプロジェクトは、早さを要求されました。これはフラストレーションの溜まる要求でした。図面も写真も早く出さなければならない、そんな中で休息をくれるというのがこのドローイングでした。
T:ドローイングについて、ロナンさんとエルワンさん、2人で違ったりするのでしょうか。
R:スケッチというものは共有しますし、ケンカのもとにもなりますが、(笑)
ドローイングは個人のもので共有するものではないです。
T:マジスのショールームの方でもOfficina スケッチが展示されているので、ぜひ見て頂きたいと思います。
T:こちらはスケッチになるのですね。はっきりと家具の形を描いているものがスケッチということですね。
F:水彩みたいな形で描いているのがたぶんはじめだと思いますが、その後に鉛筆に移るという、いつもそういう工程が通常でしょうか。
R : 特にルールはないので、このようにやっていくという決め事はないのですが、ちょうどこのスケッチというのは、機械的な行為だと思っています。どんどん洗練されていくのも、日々の繰り返しの展開、繰り返し回されることによってより良くなっていくと思います。毎日デザインを描いていくことで洗練さが引き出されていくということがよくありますので、何か構造的にこうするというステップを作っているのではありません。
R : 最初はスケッチよりドローイングに近いものから具体化していき、周りにいる関係者に描きながら説明を進めていきます。
ヴィコ・マジストレッティは、私にとって大切なデザイナーなのですが、具体化するイメージを電話で説明できる人なんです。具体的にこういうイメージだとわざわざ描かなくても言葉で説明すれば伝わるということです。
T:最後の質問となりますが、MAGISらしいデザインについて。
ブランドらしさというのがデザインに反映されることがあると思うのですが、どの時点で反映されるのでしょうか。
R :デザインというのは、文脈というか説明していくものの中に存在していくと思うのですが、良いプロジェクトは共感しやすいということがあります。共感しながらデザインは出来上がっていくという感じです。
俳優と同じで、この映画だとシリアスで、この映画だとコメディアンチックに、と役し分けができると思うのですが、良いデザイナーというのもそのような能力を持っていないといけないと思います。一つ一つの異なった表現力を発揮できるかどうかというところに、デザイナーの裁量がかかってくるのだと思います。
T:MAGISはどのようなブランドですか?シリアスなのかコミカルなブランドなのか。
R : 非常に情熱的なアイコニックなブランドだなと思います。失敗もありますが、そこから良いものを作り上げていく、良いブランドだと思います。
新しいこと違うことを常にやりたいという気持ちを持っていて、残念ながらマーケティング、金銭感覚に長けているわけではないのですが、これから数十年先にこの会社が発表するプロダクトがアイコニックなものとして、市場に受け入れられていくようなブランドだと思います。
特にコンスタンティン・グルチッチのChair_One のようにアイコニックな製品を今後マジスは作っていくのではないかと思います。なぜなら、マジスという会社を知らない人はたくさんいると思いますが、コンスタンティン・グルチッチのChair_Oneや、友人であるジャスパー・モリソンのチェアのように、アイコンとなるようなマジスのチェアを多くの人々は実際に見ているからです。
Ronan & Erwan Bouroullec(ロナン・エルワン・ブルレック)商品一覧